河川・ダム探訪

寺内ダムを訪れました

 

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 <寺内ダムについて>
 筑後川は、昭和28年6月北部九州を襲った梅雨前線による大豪雨のため、過去の記録を上まわる大洪水となり、堤防は全川いたる所で溢流、破堤し、死者147名、家屋流出1,305戸、田畑流出75,190haに及ぶ大きな被害を受けました。

 

 以来、河川改修の促進並びに松原・下筌ダムの建設等、筑後川治水のために大きな努力が払われてきました。しかるに、筑後川中・下流域は、内陸工業地帯あるいは福岡大都市圏の住宅地として巨額な資産の蓄積が増大しているため、より安全性の高い地域保全が要請され、治水計画の再検討が進められました。

 

 そのため、筑後川上流ダム群とあいまって寺内ダムによる洪水調節を行い、下流部瀬ノ下地点の計画高水流量を9,000立方メートル/秒とする計画が立てられました。

 

 一方、水需要の面からも昭和41年2月「筑後川水系の水資源開発基本計画」が決定され、その供給計画として江川ダムが建設されました。

 

 その後、寺内ダムと江川ダムとの総合利用による広域的な水計画が樹立され、昭和45年12月「水資源開発基本計画」の一部変更、昭和47年12月「寺内ダム新築に関する事業計画」の認可により寺内ダム建設工事が着工されました。

 

  (独立行政法人水資源機構 寺内ダム管理所制作の概要書による)